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緩やかな、されど烈しい春の日である。 数日の雪の強さに閉口しながら、雪を除いて捨てることに内番要員を全て当てがった次の週、みるみるうちに本丸を苛んでいた柔らかい氷は消え、庭には少ないながらも緑が萌えた。 肉体を得て初めての四季の移り変わりを肌身と眼と匂いで感じた刀剣達は、誰もが其の暴力的な迄の悠然に感じ入っていた。其れは既にひと通りを体験したであろう古い刀も同じで、朝にあった雪が融け行く庭の姿を、誰もが寝間着のまま広間の縁側から覗いていた。まるで走馬灯だ。そう驚嘆の溜息と共に吐いたのは、甘酒を両手に頂いたまま眼を磔にされ、碌に動けない鶴丸であった。誰もが似たような心持ちでいた。甘酒を拵えて配り終え、男たちの隅で緩やかに笑いながらちびちびと熱い湯呑みを飲っていた審神者という彼らと全く異質の女以外は。 陽が傾き始めるまで、統率を取りいくさに明け暮れるのが生業である女は、庭の様変わりに感嘆を漏らす彼らを愛おしそうに眼差していたし、「陽が落ちたら寒くなるから、今日はお鍋にしましょう。春の月を見ながら浅蜊をつついてお酒を飲むのは、きっとすてきよ。」そう言下に一日の休暇を決定したことを伝えた口許は、まるで幼い弟たちを持つ姉か母親のように緩んでいる。 相も変わらず温いところだ。湯呑みの冷めた表面を舐めながら、正国は呆れて眼を女の手に落とした。 その呆れに何時もの焦燥が乗らないのは、己もそのまざまざと見せ付けられる変化に眼を見張った一員である自覚があるのと、目線の先の女の手がいつもよりもかさかさと乾いているように見えたからだった。 どうせ誰にも声を掛けず雑務をしていたに違いないし、其れに気づいた加州が女の手を取って両手で包みじっと暖めながら、言ってくれれば良かったのにと泣きそうな声を出したところだ。口を出すのも不平を言うのも躊躇われた。幸福そうな顔ではにかんだ女に、やっと遅れて腹を苛んだ苛立ちは何処から来たのか。麹の華やかな甘酒に少し混じる酒精のせいだと結論付けて、湯呑みを呷る。ぢがりと熱さが舌を焼いた。 極端な猫舌ではあるが、酒精には滅法強い身体をしていることは正国自身が既に知っていた。 |