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生きて居る人間を見詰めると云ふのは酷ゐ苦労だ。 例へば花瓶に活けられた花を見詰めるとしやう。既に取られた命であらう其れは私に何れも反応をかへさなひ。只紅ゐ花弁が眼に眩しくほふと溜め息を吐く事を許容し、本当に只其処に在る已だ。 若し此れが人間だとしやう。 さうすればだふだらう、眼に納める代価に数々の柵が纏り着くので在る。誰其れが囃す。噂に成る。私は噂を切り抜ける程の弁舌等持ち併せては居らず、かと云つて耐へ忍ぶ程こころが広ゐわけぢゃあなひ。結果、大変なはぢらひを以つて噂に対峙する事にならう。 で在るからだうしたと、をくびも無くきつぱりと泰然と在れば又ちがふのであらうが、其れが出来る程豪胆でもなひ。 細腹で在り又意気地のなひ私は、誰も注意を払はない授業中、一等後ろの席から窓ぎはの少女の丸まつた背を覗く他は出来なひ。 かうして陽の当たる窓ぎはでとろりと眼をまろませ、他よりすこうしおゝきな背をひとよりも屈ませる後ろ姿を盗んで居る。 だうしやうもなひ。 あゝ、彼女がほゝ杖を突きて校庭を眇めた。とろりとねむさうな目蓋が蒼空のとほくを只ゝ見詰めて居る。私は其れが酷く羨ましひ。彼女が只の蒼空で在れば、私もさうして上を見上げるやうに眩しくほふと溜め息を吐く其れ已で済むだらう。誰かに囃される事をはぢらはず、彼女自身に気付かれる事に脅へず、彼女の眼を只じつと眺める事が出来るのは大層すがゝゝしくこころ安らかだらう。其の象を目の奥に閉ぢ込めるやうに、ことのはも無く睫毛が震へる様を飽くずに見詰める日は来るだらうか。彼女が其の人間で在る証明の自我の在る限り、出来ない相談ではあらう。 人間は対象を見詰めた儘にはさせなひ。 で在るから、私は彼女を盗んで居る。 妙な建前とこころの動きを以つて。底で腫れ上がりじくゝゝと疼くはぢらひと供に。 |