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はぼくたちが居るときは凄く元気だ。 悲しそうな顔一つも見せずに僕達の世話をまめに見ている女の人の隣には、いきすぎる惺を静かに笑ってやんわりたしなめる金色の髪のロボットは居ない。 エプシロンが死んだ。 泣いていたぼくたちのそばをは離れなかった。人形みたいに薄く笑いながら、「alight」とずっと呟きながらみんなを抱きしめていた。 何が「大丈夫」なのかは、そればっかりを口にするにも、さっぱりわからないんだろう。 お仕事をやめたにはエプシロンの代わりにこの孤児院を継ぐことが出来ないらしい。よく分からないけど、はその決まりではエプシロンが持っているものを持ってないからだめなんだって。 みんなバラバラの施設に行くのは、次の月。 僕も他のみんなもバラバラになるのは厭だ。エプシロンに連れられてきた此処は差別は酷いし英語もよく分からなかったし元住んでいたところととても離れていたところにある。でも近くに住んでいたロボットのおばさんは親切だったし、よく遊びに行った区域に住んでいたアボリジニのおじいちゃんは凄く優しかった。オーストラリア人と呼ばれてる白人にだって優しい人はいっぱい居た。エプシロンと一緒にぼくたちの面倒を見てくれていた保護員のひとたちは本当にぼくたちのことを考えていてくれた。 何より此処に来てよかったって思えたのは、エプシロンが一緒に居たからだった。誰よりも優しくて誰よりも頼れる、血は繋がっていなかったけど、何よりエプシロンはロボットだったけど、エプシロンは「おかあさん」だった。男の人の形をしてるのにおかしいけれど、頭を撫でてくれたりいけないことをしたときに叱ってくれるのは、ぼくの場合は死んだおかあさんだった。だから、ぼくにとってはエプシロンはお母さんだった。 が此処に来たのは2年も前だった。 此処がもっと賑やかになって、毎日がもっと楽しくなった。明るくていつも前を見ているような、エプシロンのものとは違うひかりでいっぱいのおんなのひと。率先してぼくたちを引っ張って原っぱへ遊びにいく、先頭が。真ん中にぼくたち、最期のしんがりをエプシロンがゆっくりと着いてくる。盗み見たエプシロンの幸せそうな顔。満たされた顔。あれは、が此処に来てくれたからだと思っていいんだろう。 はエプシロンが大好きだった。それはここに居たぼくたちはみんな知ってたし、博士はそれを知っててを此処に置いたみたいだった。 「彼女は、きっとエプシロンを開放してくれるような気がするんだよ。」 何処かやっぱりエプシロンに似ていたエプシロンのおとうさんは、何時か僕たちにそう言った。 「私はエプシロンが幸せになるのを、祈っているから。」 いつでもそう言っていた。エプシロンに付きまとっている寂しそうな影を、のひかりが吹き飛ばしてくれるとおもっていたみたいだった。本当にそうなることを、疑っていないみたいだった。やがて本当にそうなる事が見えていたようだった。 何時からか、エプシロンが僕たちを抱きしめてくれる回数が多くなった。二人がみんなに隠れてこっそりと手を繋ぐようになった。開いていた距離が縮まって寄り添っていた。みんなで覗き見した、リビングのソファに座って静かに笑っていた二人。エプシロンの肩に乗ったの頭。天辺に、そっとエプシロンはキスをしていた。 エプシロンもが大好きだった。エプシロンはのひかりに染まってくみたいに、満たされていくように幸せな顔をしていた。ぼくたちもエプシロンが幸せになってくれたのが嬉しかった。 こんなことになるなんて、誰も思わなかった。 この家にはまだエプシロンが居るような気がしている。それはきっとぼくだけじゃないはずで、「居るような気」っていうのは、きっとエプシロンの使っていたカップとか、リビングに在るたくさんの写真立てとか、そういうエプシロンが居た名残が匂っているからだろう。気配っていうのかな。部屋のドアを開ければまだ其処に居て、「ああ、おかえり」って優しく言ってくれるような。 ぼくたちが居なくなったら、はどうなっちゃうんだろう。同じ部屋のみんなで消灯のあとに布団にもぐりながらする話はもっぱらこれだった。 が大好きだったエプシロンが居なくなっちゃった。慰めてくれそうな博士も死んじゃった。が生まれた国に家族が居ることは知ってたけど、が帰らないって言ってたことだってみんな知ってる。一人で、ここに残るつもりなんだ。 かわいそうな、ちいさな。 ぼくたちの前の元気だって、空回りして自分を疲れさせるだけなのに。 ひかりが消えてしまいそうだった。消えたら、はどうなっちゃうんだろう。 「ワシリー、ご飯よ。」 アナがドアから顔だけ出してぼくを呼んだ。すぐ行くって返事だけして、ぼくは荷物の中に写真立てを放り込んだ。 ごめんね、一人にしちゃうよ、ごめんね。 大好きなエプシロンをどっかにやっちゃって、ごめんなさい。 2011 01/05 |