椅子から崩れ落ちて手足をちぢこませた彼女の髪を、幽霊は静かに撫でている。触れることが出来ないのは既に知っていたので、すり抜けないように表面をなぞっていたというのが正しいが。
ただ幽霊には、泣きもせずに絶望に足を浸している彼女の小さな身体がいとおしかった。どうにか苦痛を和らげてやりたかった。だから、幽霊は彼女が気付くことがないのを知りながら、女の名を呼んだ。
。」
パイプで出来た椅子の薄いクッションに頭をもたれさせて、女は放心していた。幽霊の声は届かない。自らの存在がとても幽けくなっていることを再認識しながら、では何故こんなにも、世界の構成要素から逸した自らを女が欲しているのか。幽霊は疑問に思った。
蛍光灯は白々しく、もうひとつ台の上に置き去りにされた幽霊の左手と女の背中を照らした。
。」
幽霊は、ただ彼女の名前を繰り返す以外に出来ることがないのだった。
女は小さな声で、とても小さな吐息と変わらない声で、幽霊の名を呼んだ。
幽霊は悲しかった。とても悲しかった。
だから彼の後ろに立っていた同類に名前を呼ばれても、少しの間振り返ることが出来なかった。


2011 01/05